耐雪梅花麗(雪に耐えて梅花麗し)

今朝の地元紙「声ひろば」(2023.3.5)に父が投稿し掲載され、迷いましたが、これまでにも多くの方からご心配のお声をいただいておりますので、ご報告いたします。
父は正月明け肝臓がんが見つかり、すでに手術ができない状態であることから、今後、通院しながら病気とうまく付き合い、治療を行なっていくそうです。今のところ、他に転移は見つかっておらず、父も元気そうですのでご心配には及びません。お声がけしていただいた皆さんありがとうございます。
私も最初は現実をすぐには理解できず、落ち込みましたが、父は私の活動が生きがいであると、言っていたので、前を向いて懸命に活動することが、1番の薬だと思っています。

両親のおかげで今の私があります。

挫折と苦難ばかりの学生時代でした。
自らを鍛え直すべく、高校、大学と宮城県岩手県へ入学。東北地方の皆さんには大変お世話になりました。

当時、県外の大学へ進学している兄と、急きょ、宮城県へ行くこととなった、私の生活費と学費で、家計が非常に苦しくなり父の夢であったマイホームを手放すことになりました。
家を手放す際、「家は取り戻せるが、息子たちの人生は取り戻すことができない」と家を手放す決断をした両親には感謝しかありません。

高校球児であった私の夢は甲子園。
その夢は叶いませんでしたが、東北地方で過ごした時間は、私にとって甲子園に出場する以上の財産となりました。

先日、地域を歩いていると、梅の花が満開でした。

耐雪梅花麗(雪に耐えて梅花麗し)

厳しい寒さに耐えてこそ、梅の花は美しく咲くという意味ですが、この冬は私にとって大変厳しい冬となりました。

思い返せば、東北の冬も南国土佐で育った私にとって大変厳しい寒さでしたが、その厳しさに耐えてきたからこそ、今の私があります。

踏まれても、潰されそうになっても、何度も立ち上がる雑草が一番私に似合っていると思います。

私の父は、私と同じ年齢の頃に、同じ政治の道を志しました。
父の叶わなかった夢を私が実現し、父がやりたかった仕事を現在私がさせていただいています。

間も無く決戦がはじまります。

父の病気も吹き飛ぶぐらい、息子は全力を尽くして、頑張ります。